【300年の歴史を紡ぐ】横須賀の隠れた渡船「浦賀の渡し」【開国の街で船旅体験】

浦賀の渡し

300年以上の歴史を紡ぎ、今も浦賀の海を静かに行き交う「浦賀の渡し」ー。
当時のスタイルを今に伝えるこの渡船は、ジモトでは「ポンポン船」の愛称でお馴染みの存在です。

かつての浦賀の渡し

東西の町を結ぶ生活の足として、そして、海を挟んで佇む「叶神社」を繋ぐ神社めぐりの観光船としてのどかに運航を続けています。

片道約3分と、短い船旅ではありますが、その中にはたくさんの歴史が隠れています。
まず、なんと言っても浦賀といえば「ペリー来航の地」。
浦賀湾の入り口方面を見渡せば、黒船を率いてやって来たペリーたちを実際に想像することができるかもしれません。

ここで少し黒船来航の〝ウラガワ〟をちょっぴり紹介。
浦賀湾を目指してやって来たペリーですが、川のように狭い浦賀湾を「湾」だとは思わず、はじめは通り過ぎてしまったそうです。
浦賀を北上した先にある「観音崎」以降の海図を持っていなかったペリーは「さっきの湾が浦賀湾だった」ということに気づき、船を後退させ、浦賀湾沖に停泊したのです。

そしてこの話のポイントは「船を後退させた」ところ。
当時の日本の船は「帆船」と呼ばれる、風を利用して船を動かすものが主流でした。鎖国状態でもあったため、江戸時代の人間が持つ船に対する常識は帆船以外は考えられないもの。
帆船は「後退できない」特徴を持つ船であるため、やって来た黒船が後退したことでこれには江戸人も大変驚いたことでしょう。
「一体この船はなんなのか?」
浦賀湾沖に停泊した黒船を見てみると「蒸気船」であることが判明するわけです。
「外国はこんなすごい船を造れるのか」と、これまでの常識を覆される事実に、そしてその技術の進歩に驚き、日本はより外国との力の差を感じたのかもしれません。

ちなみに、当時の目撃者たちは口を揃えて「とんでもないスピードで船が来た」と大騒ぎだったそう。
しかし蓋を開けると時速15kmほどでした。これは現代で言うと、自転車の平均的な速度。
もしも、江戸人がタイムスリップして現代の船を見たならば、ペリー来航以上の衝撃が走るかもしれませんね。

そんなウラガワを紹介してみれば、緩やかに時間が流れる浦賀湾に多くの歴史が眠っていることを感じることができるかもしれません。

ちなみに、浦賀湾入口の反対方向すぐには「浦賀ドック」があります。

日本に残る見学可能な「レンガドライドック」はこの浦賀ドックだけ。
また、そもそも現存するレンガドライドックは、すぐ近くにある川間ドックと合わせて2つだけと言われており、大変貴重な〝生きる歴史〟を目撃することができます。

船外の景観も魅力的ですが、船内も少しだけ現代風にアップデートしています。
いくつかある吊り革のうち、ひとつだけ「叶」の形になっているんです。

東西の叶神社をお参りして、この吊り革に掴まってみれば本当に願いが叶うかも?
ぜひ見つけてみてくださいね。

そんな「浦賀の渡し」は毎日7:00〜17:00の時間で運航しています。
東西の渡船場に設置されている呼びベルを押して、歴史溢れるプチ船旅をお楽しみください。


●浦賀の渡しについてはこちら↓

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